体運動習性研究所

更新情報

  • 2018.3.1 ヴィオラ演奏分析の動画のリンクを修正
  • 2018.3.1 ICMPC15/ESCOM10に投稿中の論文がアクセプトされました!
  • 2018.3.2 活動風景に宮沢賢治朗読時測定会を追加
  • 2018.3.16 資料館ー足裏体圧分布・体運動習性の項を加筆
  • 2018.3.16 資料館ー足裏体圧分布・体運動習性の項を加筆
  • 2018.6.20 芸術探求紀行の連載を開始しました。
  • 2018.6.21 ICMPC15/ESCOM10での発表が7月27日に決まりました。

お知らせ

  • 2018.6.6 体運動習性研究所記載の情報は全て発展途上のものであり、正しいとは限りません。何か

より良い提案や、これは間違いではないかという意見があればお知らせ下さい。


体運動習性とは?

私達は今生きている。誰も、生きろと命令されたから生きている人はいない。自分で生きたいという「要求」があるから生きている。

でも、身体という固定的なもの用いているから、完全に動的なはずの「要求」が円滑に実現されず、心にも身体にも過度の偏りが生まれ硬直してくる。こうなると、本来動的なはずの要求が円滑に実現されなくなるから自然の反応として否定的な傾向が強まる。

そんなときでも、甘いものを食べたらフッと心が軽くなったり、パァーッと怒鳴ったらスッキリしたり、山に登ると何事もなかったかのように心が動き出す。つまり、どんなに硬直状態に見える身心であってもかならず響く角度がある。だからあるときフッと雨の音が音楽になる。

そして、さらに素晴らしいことにこの角度は多様である.モーツァルトの音楽が心に響く人もいれば,バッハの音楽で奮い立つ人もいる。このような個性はもっぱら芸術家の個人的探求領域であり、公の知識として検証されることもなければ、社会でも十分に生かされてるとはいえない。

科学という宗教が優勢になった今日だからこそ,この個性をなるべく抽象化や記号化を避けた形で体系化し,人々が思い込みから自由になって溌剌と生きていけますうように。